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Objectivity

 ジャーナリズム論の中心テーマの一つ、客観報道。

 ニューヨークでジャーナリストに取材すると、objectivity とか objective reporting と言っても今ひとつ通じないことが少なくない。それで、 who, what, when・・・ と説明すると、ああそのことかと今度は話が通じることが多い。

 さて、客観報道について、私は以前は事実と意見を完璧に分けることはできず、客観報道には限界があるという書き方をよくしていた。

 しかし、ブログという事実と意見を明瞭に分けないメディアが全盛となった今、客観報道以外の報道の方法論を開拓する価値がある一方で、客観報道の価値を改めて評価するようになっている

 というのは、一つには事実と意見を分けておかないと、議論をキックオフするにあたって不便だからである。ニュースの第一報が主観まるだしでは困ってしまう。

 また、事実と意見を完璧に分離することはできないが、だからこそ客観報道には価値があるとも言える。だれしも自分の主観があるが、その主観にしたがってニュースを料理するのではなく、一つ一つ取材して事実を確定していく過程で自らの主観が修正されるところに優れたジャーナリズムの仕事が生まれる(もちろん、客観報道でも、記者の好みの事実のみを記事に並べることはできるのではあるが)。

 また、主観報道はひいきのひきたおしになる恐れもある。例えば、政治的立場を明確に打ち出しているジャーナリストが、既存メディアは偏っているとして常に自分の立場に基づき記事を書いているケースがあるが、記者によってはどんなに自分の立場がまずくてもその立場を擁護するように記事を組み立てる。そうすると、一つの参考意見としては役に立っても、その記者はどうせ偏っているから、でかたずけられてしまうことにもなる。

 CBSのウォルター・クロンカイトは、日ごろ客観報道に徹していたからこそ、ベトナム戦争で戦争に疑問を呈したときに大きな影響力を誇った。彼は自分の影響力について正確に認識し、的確に行動できたジャーナリストであったといえる。

 客観報道というテーマはジャーナリズム論に関心のある方以外にはあまり幅広い関心を呼ばないテーマではあるが、私にとってはとても興奮させられるテーマである。

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