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2007年10月

SFN

  The Editors Weblog のパート2がスタートした。まだ紹介していなかったので記しておこう。

 Shaping the Future of the Newspaper(http://www.sfnblog.com/)がそれで、今後は新聞産業のビジネス面は主としてこちらで扱っていくそうだ。

Video Journalism

 ビデオジャーナリズムについての下記の調査は中々興味深いので、リンクをはっておく。

http://www.andydickinson.net/2007/10/23/video-survey-results-overview/

Fox Business Network

 Fox Business Network が10月15日に開局して1週間が経過した。

 同チャンネルのウェブにアップされている動画を見る限りでは、開局記念のおバカ企画が多く、このチャンネルが軌道に乗るにはしばらく時間がかかりそうだ。

 だが、FBNを指揮する Roger Ailes はCNBCを育てた後に FOX に移籍した。多くのアメリカのメディア評論家は AilesはいずれCNBCとは異なるキャラクターの局にFBNを成長させていくと考えているが、私も同意見である

American Jokes

 先日、アメリカのテレビの深夜バラエティ番組で披露されるジョークのいくつかを授業で紹介したら、見事に誰も笑わなかった。

 日本でアメリカン・ジョークが受けないのは分かっている。だから、最近は授業で口にすることはほとんどないのだが、久しぶりに口にしたらやっぱりだめだった。

 私はデイビッド・レターマンのモノローグをはじめて見たとき、なんて面白いんだろうとたちまちファンになったくらいアメリカン・ジョークが好きなのだが、ことジョークに関しては日米の文化の相違はとてつもなく大きい。

 デーブ・スペクター氏もさぞや日本で悲しい思いをしていた時期があったに違いない。

Television

 アメリカのテレビがネット上で番組を公開することが増えたため、アメリカのテレビ好きの私は日本のテレビを見る時間がここ1,2年で随分と少なくなった。

 かつては、映画館にいくと映画館の大画面はテレビよりも迫力があるなあと思ったものだが、最近はテレビの画面はパソコンよりも迫力があるなあと感じることが多い。

Kokoku Hihyo

 『広告批評』は先月号も今月号も海外の広告界をテーマに特集を組んでいる。大変な手間のかかっている特集で、頭が下がる。とかく内向きな日本のメディアにあって、この姿勢は素晴らしいと思う。

 ただ『広告批評』には不満なところもある。それは文字も写真も小さくて見にくいことである。A4かB5の大きさに変更すべきではないか。

Akihiko Iwasaki

   岩崎明彦『「フラガール」を支えた映画ファンドのスゴい仕組み』(角川SSC新書)。

 こうした分野の本をはじめて読む方には難しい本と思えるかもしれないが、エンタテインメント・ファイナンスの入門書として良書であるのは確かだ。このような啓蒙書はもっとたくさん書かれるべきである。

http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4827550085/250-3315868-1847426?SubscriptionId=1KRYNGAFRTS188K9Y7G2/ref=nosim

The Huffington Post

 このところ、The Huffington Post を高く評価する記事に出会うことが多い。

 ちょっと褒めすぎの感があるが、写真が大きくて見やすいレイアウトなのは評価してもよいとは思う。

http://www.huffingtonpost.com/

Howard Kurtz

 ハワード・カーツの新刊は、3大ネットワークのイブニング・ニュースについて。

 カーツは、The Washington Post のスタイル・セクションで「メディア・ノーツ」というコラムを毎週月曜日に執筆しているメディア業界記者。

http://www.amazon.com/Reality-Show-Howard-Kurtz/dp/0743299825/ref=pd_bbs_sr_1/103-9879060-6478235?ie=UTF8&s=books&qid=1192017262&sr=1-1

Norton

 ノートンのインターネットセキュリティ2008で導入されたIDセーフ。

 大いに迷惑である。

  「今後この画面を表示しない」にチェックを入れてもいつまでも出てくる。頼んでいないサービスを無理におしつけないでほしいものだ。

Objectivity

 ジャーナリズム論の中心テーマの一つ、客観報道。

 ニューヨークでジャーナリストに取材すると、objectivity とか objective reporting と言っても今ひとつ通じないことが少なくない。それで、 who, what, when・・・ と説明すると、ああそのことかと今度は話が通じることが多い。

 さて、客観報道について、私は以前は事実と意見を完璧に分けることはできず、客観報道には限界があるという書き方をよくしていた。

 しかし、ブログという事実と意見を明瞭に分けないメディアが全盛となった今、客観報道以外の報道の方法論を開拓する価値がある一方で、客観報道の価値を改めて評価するようになっている

 というのは、一つには事実と意見を分けておかないと、議論をキックオフするにあたって不便だからである。ニュースの第一報が主観まるだしでは困ってしまう。

 また、事実と意見を完璧に分離することはできないが、だからこそ客観報道には価値があるとも言える。だれしも自分の主観があるが、その主観にしたがってニュースを料理するのではなく、一つ一つ取材して事実を確定していく過程で自らの主観が修正されるところに優れたジャーナリズムの仕事が生まれる(もちろん、客観報道でも、記者の好みの事実のみを記事に並べることはできるのではあるが)。

 また、主観報道はひいきのひきたおしになる恐れもある。例えば、政治的立場を明確に打ち出しているジャーナリストが、既存メディアは偏っているとして常に自分の立場に基づき記事を書いているケースがあるが、記者によってはどんなに自分の立場がまずくてもその立場を擁護するように記事を組み立てる。そうすると、一つの参考意見としては役に立っても、その記者はどうせ偏っているから、でかたずけられてしまうことにもなる。

 CBSのウォルター・クロンカイトは、日ごろ客観報道に徹していたからこそ、ベトナム戦争で戦争に疑問を呈したときに大きな影響力を誇った。彼は自分の影響力について正確に認識し、的確に行動できたジャーナリストであったといえる。

 客観報道というテーマはジャーナリズム論に関心のある方以外にはあまり幅広い関心を呼ばないテーマではあるが、私にとってはとても興奮させられるテーマである。

The Supreme Court

 アメリカの最高裁報道は9人の判事の哲学や人間性を詳しく掘り下げたものがいろいろとあり、9人が織り成すドラマとして最高裁を理解するように私はなっている。 

 だが、日本の最高裁報道は判事一人一人を詳しく掘り下げた報道が少なく、改善の余地があると思う。

Koken Report

 日経広告研究所刊行の『広研レポート』10月号に、「アメリカのビジネスジャーナリズムのダイナミズム」と題する原稿を寄稿した。

 ニューズ社によるダウ・ジョーンズ社の買収、フォックス・ビジネスネットワークの挑戦を受けるCNBC、月刊ビジネス誌『コンデナスト・ポートフォリオ』の創刊という3つの話題を扱っている。

 ご関心のある方はお読みいただければ幸いである。

http://www.nikkei-koken.gr.jp/report/reportList.php?reportid=1

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